disorder



忌々しい、ああ忌々しい忌々しい。

北高名物、校門まで延々と続く坂道を汗かき登りながら俺は呪詛を呟き続けている。

もうとうに高校にも慣れた最近だが、やはりこの坂だけは許せん。

平凡な一高校生たる俺は例に漏れず、ギリギリの時間に登校するのが定番となっていた。


布団の中でさんざん格闘し、朝飯も食えなくなる時間にようよう登校の決断を下す。

早足で駅まで行くや、発車ベルと同時にホームに駆け込み、電車に飛び乗る。

これを逃すと遅刻という電車でなんとか最寄駅まで到着したら、この坂である。

走る必要はないとはいえ、のんびりと歩いていたら確実に遅刻する。

もうこのままどこぞの公園ででもサボりたいと駄々をこねる体に必死にムチ打って、

ひーこらいいながら坂を登るのである。


これが忌々しくなくてなんであるのか。

今更ながら別の学校に行っていれば良かったと、思うことしきりなのだ。

俺の疲労を朝から倍増させてくれる、悪魔の笑顔ともオサラバできただろうしな。



今日はなんだかんだ言って、ホームルームの3分前には教室に到着した。

少し早足で歩きすぎたようだな。

いつもの席に座るんだが、なんだか今日は落ち着かない。どうしてだ?



・・・そうか。ハルヒがいないんだ。普段は俺より必ず先に来てるんだがな。

「よぉう。キョン、おはよう。今日は涼宮はどうしたんだ?」

谷口か、どうしたものやらね。

ハルヒのことだ、大方また妙なことでも企んでるのだろう。

「俺はあいつが休むのなんて、中学の時からほとんど見たことねぇけどな。」

・・・ちょっと気になること言いやがって。





ホームルームが終わって、1時間目が始まってもハルヒは現れない。

これは本格的にサボりか、病欠か?

休み時間になったらちょっと連絡を取ってみるか。



文面は、っと・・・。

”今日はサボりか?”

送信。



すぐに返事が返ってきた。

”あんた殺すわよ?風邪よ。病欠よ。”



ハルヒが風邪を引くなんて、どれだけ強力なウイルスがこの世には存在するのやら。

明日は槍でも降るかもしれんな。

”それはすまんかった。お大事に。”





いつも感じている後ろの席からのプレッシャーがないと、授業もスムーズに耳に入るな。

おかげで普段より授業が長く感じるぞ。

早く終わらんかな、かったるい。





昼休みに谷口や国木田たちとメシを食っていると、意外なやつから声がかかった。

「キョン君、ちょっといい?」

「ん、阪中か。どうした?」


ハルヒがいい方向に変化した象徴、宇宙人でも未来人でもない友人、阪中である。

俺に話しかけてくるなんてのは、相当珍しいことだが。


「お願いがあるの。涼宮さんの家、知ってる?」

あいつの家なら、前に送らされたことがあったからな。一応知っているが。

「涼宮さんからね、数学のノート借りてたの。明日試験があるでしょ?」

試験だなんて初耳だぞ。


「先週の授業で言ってたじゃないか、キョンも谷口も全然授業聞いてないんだね。」

国木田に呆れられてしまった。谷口と同類にはしないで欲しいが。


「できれば、今日中に返してあげたいと思うのね。

 私、涼宮さんの家知らないから、良かったら連れて行って欲しいんだけど・・・」

今日は団活も中止だし、全然構わないぞ。

「ありがとう!それじゃ放課後よろしくね。」


席に戻る阪中の後ろ姿を見ながら谷口が呟く。

「キョンの周りには朝比奈さんといい、長門といい、可愛い女の子が集まるよな・・・。」

阪中にも網を張っていたのか、谷口よ。









放課後、阪中と二人でハルヒの家に向かう。

俺もハルヒの家へ行ったことは一度しかない。

おかげで少し道に迷っちまったが、なんとか着いたようだな。

「ここなのね。ぽちっと。」


ぴんぽーん


呼び鈴を鳴らしても、すぐには出てこないな。家族の方はいないのか?

「・・・はい。」

しばらくたって聞こえたのは、少し不機嫌そうなハルヒの声だった。

「あ、私。阪中です。明日テストだから借りてたノート返しに来たの。」

「え、そんな気にしなくても良かったのに。今開けるから、ちょっと待ってて。」

口調を和らげると、ハルヒは玄関に向かいだした。


しかし阪中としゃべってると、案外ハルヒも普通の女の子に聞こえるもんだな。

SOS団のみんなといる時は、違う一面が見えるようで面白い。

家の中でバタバタとハルヒが動いてる音を聞きつつ、物思いにふけってみた。


お、きたきた。


「はーい。わざわざありがとねー。・・・って、キョン!?」

おぅ、ハルヒ。思ったより元気そうで良かったな。

「え、あ・・・。うん。。。 って!なんであんたがいるのよ!?」


阪中の道案内だよ。俺以外は誰もお前の家知らないじゃないか。


「ち、ちょっと待ってて、阪中さん。今部屋少し片付けるから。

 キョン!あんたは飲み物買ってきなさい!体に良さそうなの、今すぐ!」


うわわっと。

横暴な団長に押しのけられて、俺はハルヒ家の前から追い出されちまった。

仕方ない、飲み物か。スポーツドリンクでもあればいいだろう。

確か近くにコンビニがあったような・・・。




コンビニを探すのと、ハルヒの家をまた探すのとで二回迷っちまった。

けっこう時間がたったな。まだ阪中は残ってるか?


ぴんぽーん


「はーい」

再度呼び鈴を鳴らすと、ハルヒの声がした。

「飲み物買ってきたぞ。」

「ありがと、入ってきていいわよ。」

意外だな。てっきり、パシるだけパシらされて帰れと言われるかと思ってたぜ。

「そうして欲しいの?さっさと入ってきなさい。」



・・・お邪魔します。

どうやら、お家の方はいらっしゃらないみたいだな。

ハルヒの親の顔ってのも一度見てみたかったんだが。


「あ、キョン君。こっちなのね。」

阪中もまだ帰ってなかったんだな。

「今日の授業のこととか、お話してたの。明日のこともあるしね。」






結局、あの後は3人で少しばかり雑談をして、早めにおいとますることとなった。

一見元気そうでも、ハルヒは今日学校休んだばかりだ。無理はされられん。


「それじゃ、また明日な。団活はするのか?」

「当たり前よ!明日までにはちゃんと治すんだから、今日の分まで活動するわよ。」

「あんまり無理はしないでなのね。クラスのみんなも心配してたから。」

「・・・うん。分かったわ。今日はありがと。また明日ね!」




さてはて、お見舞いというかなんというか、ハルヒ家訪問という一大行事を

無事に終えた俺と阪中は駅まで一緒に帰ることとなった。



「あの調子だと、明日はまた騒々しくなりそうだな。」

「涼宮さんは元気が一番よ、なんだか今日の学校は寂しかったわ。」

ハルヒもちゃんとクラスの一員になってるんだな。

四月のあいつからは全く考えられないことだが。

「やっぱりキョン君の力も大きかったと思うよ。涼宮さんの最初のお友達だもん。」

俺はただ引っ張られ続けただけだけどな。

「さっきもキョン君が急に来たからって、凄く慌ててたのよ。」

へぇ。あいつも慌てるようなことがあるんだな。いきなり総理大臣が訪ねてきても平然としてるようなヤツだと思ってたんだが。

「ふふっ。そんなこというと涼宮さん怒っちゃうよ。」




駅で阪中と別れて、帰りの電車に乗るとすぐ、携帯が鳴り出した。

メール、ハルヒからか。

”今日はお見舞いありがと。でも先にちゃんと連絡よこしなさいよ、バカキョン!

・・・来るんなら準備があるんだから。”


確かに正論ではあるな。

・・・ぽちぽちっとな。

”悪かったよ。今度は気をつけるさ。”

返信っと。


すぐにまたハルヒから返信がくる。


”今度罰ゲームだからね!日曜は一日あたしに付き合ってもらうから!”

”・・・また俺の奢りか?”

”当然!そこらじゅう連れまわすんだから。覚悟してなさいよ!”



こうして、次の日曜は団長とマンツーマンで不思議探しの日と決まってしまった。

また軽くなりそうな財布の中身を心配しなきゃならんな。

しかし、そんなに悪い気はしてないあたり、これは慣れなのかなんなのか。


軽く溜め息をつきながら、俺は夕飯に間に合うように、少しだけ早足で歩き出した。





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