「お客さーん!終点ですよ!」
うわっ!
「はいはい。さっさと片付けたいから、とっとと降りちゃって〜。」
掃除のおばちゃんに露骨に嫌そうな顔をされた。
寝ぼけまなこで慌てて荷物を片付けた俺は、取る物もとりあえず外に出た。
ここは・・・?終点か。特急乗ってそのまま寝ちゃったんだっけ。
あっと、携帯はどこだ?時間、時間・・・。
げっ!9時5分!
約束の時間オーバーしちまってるじゃないか・・・。
プルルルル
あ、ハルヒからだ。
「ちょっと!遅刻だなんていい度胸してるじゃない。
あんたねぇ、あたしがいつまでも甘いと思ってもらっちゃ困るわよ。前から温めてたあのとっておきの罰ゲームを・・・」
「すまん!俺が悪かったほんとに悪かった!今すぐつくから、ちょっと待て。
・・・あ、見つけた。改札の前だよ。おーい!」
電話をきってハルヒのもとに向かう。
あちゃー。あの不機嫌そうなアヒル口はやばいな。
「キョン!あたしはねぇ、遅刻するようなだらしないやつが大嫌いなの。わかる?」
・・・面目次第もございません。
「ちょうど今日の夕飯はいいとこで食べようと思ってたのよ。あたしはやっぱり優しいか
ら、この店の奢りで勘弁してあげるわ。」
といって手渡してくれた紙には、マメなことに今日行く予定のレストラン情報がプリント
アウトされていた。
・・・って、なんだ?このディナー予算1万円ってのは!頭クラクラしてきたぞ。
「さ、それはまた夜のお楽しみ!鶴屋さん待たせてるんだから、行くわよ!」
今日は例のあの探索、鶴屋家別荘の蔵探検ツアーが計画されているのだ。
久しぶり(10年以上ぶりらしい)に蔵の掃除をすることになったんで、
せっかくだっ、とばかりに鶴屋さんがハルヒを誘ったらしい。
で、いつもの如く俺も付き合わされて、わざわざ朝一で特急に飛び乗ってきたわけだ。
さて、駅からバスに乗ってしばらくして着いた家は、さすがというか何というか、ものすごくデ
カいシロモノだった。
本邸より少し広いんじゃなかろうか。もはや驚きもしないが。
「おーっ!よく来たねーっ!ハルにゃん!キョンくん!めがっさ楽しみにしてたよっ!」
鶴屋さんは大学生になっても相変わらずの元気さだ。
「しっかしお互い手をしっかりと繋いで登場とはラブラブだねーっ!」
鶴屋さんの一言でハルヒはパッと手を離す。
あまりに急だったから、俺の手が痛くなっちまった。
しかし、手を繋いでたんじゃなくて、俺が引きずられてただけですよ?鶴屋さん。
「ふーん?それにしてはハルにゃん、ずいぶんお顔が真っ赤になってるみたいだけ
どっ?」
暑いのか、怒ってるのかどっちかでしょうよ。
「そんなことはいいから早く行きましょうよ!」
「おっ、そだねーっ!こっちこっちっ!蔵があるのはさっ。」
ハルヒの露骨な話題転換に乗ってくださってありがとうございます。
「まだ掃除も何もしてないからホコリまみれだけどねっ。」
それでジャージ持ってこいってことだったのか。
三人とも懐かしの高校体操着ジャージに着替えて、蔵に向かう。
「あれっ?キョンくんちょこーっと太ったんじゃないかなっ?」
う、痛いところを。ハルヒが遠くいって精神的ストレスから解放されたせいだと思うんだがね。
「最近キョンたるんでるんじゃない?やっぱりここらでひとつヤキを入れた方がいいのか
しらね〜。」
ハルヒ、不穏当な発言は止めてくれ。
「おっ!ハルにゃん過激〜!愛の鞭だねっ、愛の!」
・・・もう反論しないです。
さて、ホコリまみれになって掃除(兼探索)に挑んだ俺たちだったが・・・。
大した収穫はなかった。
怪しげな地図も魔物が出てきそうな壷も新事実を書いた巻物も何も出てこなかった。
それでもまぁ江戸時代の銭やら、戦前の新聞やら、普段なかなかお目にかかることのないものがたくさん見つかったんだが。
ハルヒも鶴屋さんもきゃあきゃあいいながら出てきたもので遊んでたから、探索は全然進
まなかったな。
「今日やったのは全体の一割くらいだよっ。」
まだ9回も探索できるわけか。ハルヒが喜びそうだ。
「そうねぇ。また暇ができたら遊びに来るわ。」
鶴屋家からの帰り道。ハルヒの家に荷物を預けてシャワーを浴びた俺たちは、当初の予定
通り高級レストランで食事を楽しんだ。
諭吉先生がお二人ほどお亡くなりになられたのはツラいが、たまにはこういうのもいい
か。
雰囲気ある店にくると、普段は怪獣みたいなハルヒもしっとりとして、なんだか別人みた
いに見えたし。
・・・てか別人じゃないのか?
ハルヒに正直にそう告げたら思いっきり殴られた。この痛みは間違いなくハルヒの拳だ。
痛い。
「まったく、くだらないこと言うんじゃないのよ。」
俺も失言だったと思ってる。口に出しちゃいかん。
「考えてること自体がくだらないの。」
また殴られた。今日はなんてバイオレンスなんだ。いつも以上だ。
「あんたの腐りかけた脳みそに活をいれてあげてるのよ。感謝しなさい。」
やれやれ。
高校のときからひとつも進歩していないくだらない会話だった。
しかしなんだかんだ言いつつも、ハルヒの家に向かって歩いている俺たち。
いつものように引っ張られてる手が、今日はなんだかあったかかった。
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