時は夜。
そろそろ日付も変わろうかという時。
金曜の夜とはいえ、土曜も俺には休みがないのでこのくらいの時間には寝る習慣がついている。
ああ、昼過ぎまで寝ていられた平和な四月が懐かしい。
今日も今日とて、いつも見ているテレビでスタッフロールが流れたのを機に、ベッドに潜り込むことにする。
ぴぴぴぴぴ
ん?電話か。携帯を取り出すと、ディスプレイを見ることもなく電話にでる。
金曜のこんな時間にかけてくるような奴は一人しかいないからな。
「なんだ?」
「ああ、キョン。今から駅前に来て。5分以内に来なさいよ!」
ぷーぷーぷー
俺の返事を待つこともなく、あっさりと通信が途絶える。
おいおい、今何時だと思ってるんだ?
横暴団長の、かったるいことこの上ない命令だな。
だいたい普通の家庭ならこの時間から外に出るのなんか、非行の兆しだと思われるぞ。
しかし、なんだかんだいってハルヒには逆らえない小市民な俺は自転車をこいでいるわけで。
少し甘やかしすぎなのかね、我らが団長を。
誰かビシッと叱りつけてやってくれ、へそを曲げない程度にな。
俺?俺はそんな猛獣使いみたいなマネはしたくないんでね。
そんな脳内会議を繰り広げてたら、あっという間に駅前到着。夜は人がいないから早いぜ。
「おそーい!キョン!」
あっさり否定されちまった。
「で、何の用なんだ?」
「不思議探索の下見がてら、近くの街まで電車で行ってたのよ。そうしたらもう終電になっちゃって。」
「明日の探索はこの近辺じゃないのか?」
「たまには他の場所も廻ってみたいじゃない。」
「それでなんで今、俺は呼ばれたんだよ?」
「・・・送って。」
・・・は?何を言い出す?この女は。
「さすがにこんな遅くなったのは初めてだったし、ここらへんもそんなに安全なわけじゃないでしょ。
タクシーに乗るようなお金もないし、どうしようかと思って。それで『ああ、キョンに送ってもらおう』って思ったのよ。」
ここまで思いっきり早口で捲くし立てたハルヒは、微妙な上目遣いで俺のことを睨んでいる。
「ちょっとは悪いかなーって思ったんだけどね!そりゃそうよ、確かにもう夜も遅いしね。
でもキョンはどうせ暇だろうし、あたしの護衛という雑用係の身に余る大仕事をあげたわけで、少しは感謝しなさいよね!」
もう日本語もめちゃくちゃになりかけている。
早口も相まって、何言っているのかもうさっぱり分からないな。
分かったのは、ハルヒにも罪悪感という感情がクジラの脳ミソ分くらいは存在するってことぐらいだ。
それと夜道の一人歩きを怖いと思えるくらいの繊細な心もな。
確かにこんな時間に呼び出し喰らって、ああ激しくめんどくさいと思わなかったなんてことはない。
しかし一応は女の子(それもツラだけ見れば美少女だ)が、夜中に一人歩いて帰らなきゃいけないという場面だ。
決して風紀上もよくはない。うん、まったくだ。
それにいつまでも言い訳なのか照れ隠しなのかよく分からんマシンガントークを続けているハルヒを見れば、
これくらいはいいのかな、と思わんでもない。
・・・つくづく俺は甘いなぁ。
「ああ、分かった分かった、送るよ。向こうでいいのか?」
「ちょっと、なにその不満そうな口調は!?もうちょっと嬉しそうにしなさいよ。」
へいへい。分かりましたよ、団長様。
俺もここまで来て何もせずに帰るのも何だしな。
送ってやるといったのに、いつもと変わらずアヒル口を突き出すハルヒ。
そんなハルヒの背中に掴まる手の温もりを感じつつ、自転車を漕ぎ出す。
今日分かったことは1つだ。
やっぱり俺は猛獣使いには向いてないようだな。
back