piquante



ぱたん。


「よし、今日の活動はここまで!」


今日も長門が本を閉める音が聞こえ、SOS団的活動も無事終了と相成った。

いつもどおり古泉とカードゲームに興じていただけだがな。

これまたいつもどおり帰り支度をするべくカバンを取り出すと、朝比奈さんの着替えのために部室の外に出た。



「そういえば明日は進路希望用紙の提出ですね。あなたは進学ですか?」

できれば進学したいんだがな。果たして俺に入れる大学がどこにあるのやら。

「いざとなったらなんでも聞いてくださいよ。これでも理数クラスの一員なんで。」

あー知ってるよ。SOS団は俺以外みんな成績優秀だってことわな。


・・・ん?そういえばあの紙はどこにやったっけな?


「部室では出していませんでしたよ。」

ということは教室に置き忘れたか。危ない、また岡部に怒られるネタを作るところだっ た。

「一回教室に戻ってるから、みんな先に帰るように言っといてくれ。」

「わかりました。それではまた明日。」




・・・ふぅ。良かった、机の中にあった。

教室に戻って、あまり整理されているとは言い難い机の中を漁る事5分。

ようやく進路指導の紙を見つけることができたぞ。


さてと、一度部室に戻ってから帰るとするかな。


一人で部活明けの廊下を歩く。

よく考えれば毎度毎度誰かとは一緒に帰ってるんだな・・・。

一人で帰ることすら久しぶりなんだ、今の俺にとっては。


まだ活動を続けている、意外と真剣な運動部の奴らを眺めつつ部室棟を目指した。

スポーツではなんのとりえもないしょぼい高校なんだが、活動自体は真面目なんだよな。

ハルヒと長門の2人が加われば、どんな部活でも一気に県大会級にはなりそうだが・・・。


と、ぼんやり歩いてたらいつの間にか部室到着だ。


・・・あれ?誰か残ってるみたいだな。先に帰ってろと言ったのに。


ひょい、と中をのぞいてみるとハルヒが俺のイスにちょこんと座っていた。

どっかりと、でも偉そうに、でもなくちょこんとだ。

俺はたまげたね、ハルヒでもあんな可愛く座ることができるのか。

なんかいつもとだいぶ雰囲気違って見えるな。


「ういーっす。戻ってきたぞ。で、どうしたんだ?」

「あんたが戻ってこないとカギ閉められないでしょ?」

別にカギだけ置いといてくれれば、勝手に閉めたのに。

「こういうのは団長の仕事なの!だいたいキョンにそんなの任せられるわけないじゃない。」

なんかひどい言われようだな。こいつらしい言葉といえばそれまでだが。


「キョンが遅いから待ちくたびれちゃったわよ。さ、帰るわよ。」

そいつは申し訳ありませんでしたね。

「誠意が感じられないわ。今日は夕飯おごりね。」

げ、それは聞いてないぞ。金あったかな・・・。

一応、親にも食って帰るって電話しとかねーと。


と、いうわけでなし崩し的に2人で駅前のカレー屋で食べて帰ることになった。

チェーン店じゃなくて、自家製ナンとか作ってる本格的なインドカレー屋だ。

・・・金足りるかな。


「へぇ。こんな店あったんだ。キョンよく知ってたわねぇ。」

「中3の春休みにみんなと来たんだ。ここの激辛カレーに挑戦するためにね。」


辛さ50倍という人間の限界に挑むようなものだ。思い出したくもない。


「ふぅん。そんなキチガイみたいな食べ物、挑戦するヤツの気が知れないけど。」

ぷいっと横を向いてそんなセリフを吐いている。

あれ?意外だな。ハルヒはこういう挑戦ものには必ず乗ってくると思ったんだけど。

「食べ物は美味しくたべないと意味がないのよ。」

まぁこの店は普通のカレーにも定評があるからな。大丈夫だろう。


俺は辛口(普通の辛口だ)ビーフカレー、ハルヒは中辛デラックスマトンカレーセットを注文した。


「マトンカレーって普通じゃあんまり食べれないものね。少しはキョンに感謝してあげるわ。」


ちょっと待て。なんだ、そのデラックスだとかセットだとかいう余計な修飾語は。

・・・げ、やっぱりよくサイフ見たら2人分に若干足りない。

うう、今の上機嫌気味のハルヒにこんなことを言うのは忍びないな。

しかし、背に腹は変えられないというやつか。


「すまん、ハルヒ。ちょっと金が・・・」

「いいのよ、そんなこと気にしなくて!  ここなかなか雰囲気もいいじゃない。気に入ったから今日はあたしが払ってあげるわよ。」


な、なんて珍しい。さっきの帰りといい、実はハルヒの皮を被った別人なんじゃなかろうか?

しかし、おかげで助かったな。怒ったハルヒと2人きりで食事というのは勘弁して欲しいところだった。


その後は、なんだかんだとたわいもない話をしていた。

いつものファーストフードと違って、出てくるのが遅いところがいいね。

まともなメシを食っている気分になれる。


「お待たせいたしましたー。辛口ビーフカレーと中辛デラックスマトンカレーセットでーす。」

お、来た来た。

おー、やっぱり手がかかっている感じだ。見た目も美しい。

「なかなか美味しそうね。それじゃいただきまーす!」


しばし俺たちは無言でカレーをつつく。

うん、評判は伊達じゃない。かなり美味しいぞ。これは何かあったらまた来よう。


「ビーフカレーも美味しそうね。キョンのも食べさせてよ!」

わかったわかった。お前のもくれよ。

「りょーかい!それじゃお皿を交換してっと・・・、どれどれ。」

俺とハルヒが同時にパクつく。

お、マトンカレーもいいね。さすがデラックス。マイルドな味で食べやすいな。


ハルヒは・・・、なんだ?無言で固まって?

なんか微妙に目が泳いでるみたいだが・・・。


「か、辛〜い!!キョン、水、水、水!!!」


うわ、暴れるな!すぐ渡すから、あわてるなよ。


ひったくるように水を受け取ると、ハルヒはペットフードのCMのような勢いで飲みだした。


「ふう。あんた、こんな辛いの食べてたわけ!?」

は?それは以前挑戦した辛さ50倍カレーに比べれば、天国のようにデリシャスでデリケートなお味なんだが。

「信じられない!辛いのって味覚じゃなくて痛覚っていうのよ!?キョン鈍感なんじゃないの?」

全く、失敬な。こんなに美味しいのになぁ、ビーフカレー。


「あー、もうもうもう。おかしいのはアンタなのよ!この鈍感、鈍感、鈍感!」

そんなに鈍感って繰り返すなよ。ひどい言われようだぜ。

「あたしは前からアンタのことを鈍感だと思っていたのよ。今日ハッキリとしたわね。もう、いつもあたしの気も知らないで・・・。」


急に辛いものを食べたせいか、顔を真っ赤にさせながらハルヒがぶつぶつとつぶやいている。

まぁ程よい辛さの自分のカレーを食べたら多少落ち着いたようだ。


結局、ハルヒの奢りのはずが割り勘になってしまったが、それ程機嫌を損ねずには済んだみたいだな。

駅までの帰り道、少しゆっくりと俺たちは歩き出す。


「あんたの食べたあれは異常だったけど、店自体はやっぱり悪くなかったわね。」

俺の持ってる外食レパートリーの中で数少ない非ファーストフード店なんだ。

その中でも取って置きを出したからな。

とりあえず気に入ってもらえたようで良かったと言っておこう。


そして、駅に着くなりハルヒが宣言する。

「よし、今日はここで解散よ!」

いつもよりちょっぴり長めのSOS団的活動が終了したわけだ。やれやれ。

「今度までにはあんたもその鈍感を直してきなさい。」

まだ引っ張るのか。鈍感の自覚はないんだがね。

「自覚がないから鈍感なの。」

そういうことにしときますか。

「それじゃまた明日ねー!」




ハルヒの後姿を眺めつつ見送っていると、ふと気づいたんだ。

なんで2人になってから雰囲気違って感じたかということに。



・・・あいつ、いつの間にかポニーテールにしてたんだな。



やっぱり俺は鈍感なのかもしれない、なんとなくそう思わざるを得ない1日だった。



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